アダルトチルドレンの生命力

アダルトチルドレンの克服を綴る日記です。

テレビをすぐ消していたのは、私の資質の問題?

私は、幸せになってもいい。

 

それは、なんとなくわかった。

 

しかし、その自信はまだない。

 

 

幸せと言ったって、何もスペシャルでゴージャスな生活を送りたいとか、そういうことではない。

 

毎日の暮らしの中で、当たり前のように出会う事柄にある幸せ。

 

そういうものを、なんの違和感もなく自然に感じられるようになりたい。

 

 

見方を変えれば、そんなふうに幸せを感じられる自信がついた時が、私のアダルトチルドレン克服のサインのように思う。

 

 

一方で最近の私には、ちょっとだけ変化した行動がある。

 

見たいものがなくても、テレビをつけるようになったのだ。

 

それまで私は、NHKニュースなどしか見ず、またその時間だけテレビのスイッチを入れる人であった。

 

今もNHKが多く、かつ以前の癖ですぐテレビをオフにしてしまうのだが、すぐまたつけ直す。

 

べつに、テレビを見たいと思っているわけではない。

 

理由はないがなんとなく、「やっぱりテレビつけるか」みたいな感じになっているのだ。

 

 

そのように変化した理由は、自分自身ハッキリとはわからない。

 

ただ、自分の関心が自分の外にも向けられるようになっていて、なんとなく流れてくる映像や音が目障り、耳障りでなくなったのかもしれないとは思う。

 

逆に言えば、以前の私は見たいもの聞きたいもの以外は、全て邪魔なもののように感じていたのかもしれない。

 

そんな気がしているが、意外とテレビつけたままでも本を読んだりできるなと気づいた今の方が、健全に思う。

 

 

さらに言えば、なんとなくテレビの見え方も、これまでとは違う。

 

元々あまり関心がなかったテーマの番組にたまたま出くわしても、見入ってしまったりちょっと興味が湧いてきたり。

 

以前であれば、関心がなければすぐテレビを消してシャットアウトしていた。

 

そもそもテレビをつけなかったから、出会う番組自体が全然無かったのだが。

 

 

以前、テレビをつけなかった理由は、単に「最近のテレビは面白くないから」くらいに自分では理解していた。

 

しかし、ここに書いたような変化を振り返ると、私自身に物事に興味関心を持ったり、楽しむ資質が欠けていたのではないかと思った。