アダルトチルドレンの生命力

アダルトチルドレンの克服を綴る日記です。

私をアダルトチルドレンにしている要素は徹底的に洗い出して、徹底的に潰す

最近は、ウダウダ考えなくなった。

 

何かをやり始める前、どうするかをある程度考えたら、「もういいや面倒くさい。やってしまえ」。

 

何かが終わったあとは、「もう終わっちまったものはしょうがない」。

 

 

これが、現実に生きる本来の私の脳の動きであり、またそこから起こる行動のような気がしている。

 

そのせいか、ウダウダ考えなくなってからは、頭がスッキリすることが多いし、多少気が楽になっている。

 

 

逆に言えば、以前はいつも気が重かったのである。

 

今思えば、ちょっと信じられないくらい。

 

しかも、気が重いことにすら気づかず、当たり前に「人生は苦しいことしかないんだ」みたいな感覚だった。

 

我ながら、そんな状態によく耐えて、生きながらえてきたと思う。

 

 

調子はアップダウンするが、アダルトチルドレンの克服に向かっては、総じて前進していると思う。

 

このまま進んでいけば、いつかきっと大丈夫だとも思う。

 

このあたり、少し前までは、良い感じで進んでいる気がしても、それを疑う気持ちがかなり強かった。

 

今は、「確信」のテリトリーに半歩、足を踏み入れた感じだ。

 

 

そしてここまで来たのに、ブログの効果は大きかったのではないかと考えている。

 

義務にしているわけではないが、もう習慣になっていて、毎日ふと「今日は何を書こう」と考え始めては、気づくことが必ず何かある。

 

実は、始めた頃のようにはスラスラ書けなくなっているし、何気なくすごしていれば、書くこともだんだん無くなってきたような気もしている。

 

それでも、書こうと思えば何かに気づく。

 

だから、書き続ける。

 

私をアダルトチルドレンにしている要素は徹底的に洗い出して、徹底的に潰す。

 

ブログが終わるのは、それが完璧に完了した時。

 

私は、ねちっこいのだ。